私には先輩がいる。
学生なのだから当たり前ではある。たくさんの先輩がいる。
その中でも特に関わりの深い先輩が二人いる。
一人はズルい先輩で、もう一人は怖い先輩だ。
ズルい先輩はいつも紅茶を飲んでいる。
いつもとは文字通り"いつも"である。戦車に乗っている時ですら"いつも"に含まれるのだからティーカップを手離した姿を目にした事は無い。恐らくこれから先も目にする事は無いだろう。
そこだけを抽出して想像してみると完全に「変な人」である。
しかしながら実際にはその姿が誰よりも優雅に映るという事を不本意ながら認めざるを得ない。
怖い先輩は怖い。またしても文字通りである。
データ主義で余り感情を露にしないまるで機械のような人だ。
ジョークが好きという事らしいが実際に口にしている姿を目にした事が無いので最早それ自体がジョークなのでは無いかと思い始めている。
もっとも、そんな怖い先輩もスピード狂いの後輩の前となると話は別だ。
目尻を下げてでかいリボンを揺らしている。
「感情を露にしない」と言わず「余り感情を露にしない」と言ったのはこの為だ。
「私、将来はアッサム様みたいになりたいですわ~!」
「あらぁ~、そうなのぉ~?ローズヒップったらぁ~。かわいいわねぇ~。大丈夫よ、すぐにでもなれるわよ~」
「本当ですの~!?」
初孫と接する祖母とはこういうものなのかもしれないと思いながら見ていた自分の目は恐らく冷ややかな視線を発していたのだろう。
「ルクリリ。貴方さっき、ローズヒップがアッサム様みたいになるのは絶対無理だろ。と思って見てたわね?」
そう問い詰められたのはスピード狂いが去った直後である。
怖い先輩はこちらの考えなどお見通しだ。だから怖いのだ。
「いやぁー・・・まあ、そうですねえ・・・・・」
怖い先輩に嘘をついても無駄だ。思っていた事を正直に打ち明けるべし、だ。
「でしょうね」
「はい~・・・」
「でも、貴方にもなりたい人間や目指したい人間はいるんじゃないかしら?」
怖い先輩からの質問に苦笑いを浮かべていた自分の表情にスッと力が入った。
「私がですか・・・」
自分は・・・誰になりたくて、誰を目指して、誰に憧れているのだろうか・・・・・。
「私は・・・そうですね・・・・・」
漠然と持っていたそれをハッキリと認識して口に出すのは初めてだった。
「ダージリン様みたいになりたいです・・・!」
「そりゃ無理ね」
間髪入れずに発された怖い先輩の言葉が胸にえぐり込まれる。
自分でも分かっている。自分が一番分かっている事だ・・・。
「ローズヒップが私みたいになるのも無理よ」
「へ?」
思ってもいなかった続きに間の抜けた声が出てしまった。
「いや・・・さっきすぐにでもなれるって言ってたじゃないですか・・・・・」
「そりゃあ言うわよ~、だってかわいいもの、ローズヒップ」
「でも現実問題は別の話よ。あの子が私みたいにデータを使って闘えると思う?」
「思わないです」
「でしょう?あの子が私みたいにデータを使えたとしてあの子が輝くと思う?」
「思わないです」
確かにあのスピード狂いがデータを駆使して闘う姿は想像出来ない。想像出来ないしそれでは奴の持ち味が・・・。
あ───
「貴方も、終始澄まし顔で戦車に乗ってる自分の姿を想像出来る?」
答えは一つだ
「出来ません」
私の答えを聞いた怖い先輩は少し上を見上げた
「"無理"と言ったけどそれは大袈裟だったわね。取り消すわ。貴方もダージリンの様になれるかもしれないしローズヒップも私の様になれるかもしれない。でもそれじゃあ聖グロの戦車道は頭打ち」
「憧れや目標と今ある貴方達の良さを上手なバランスで混ぜて行きなさい。そしてそうやって戦車道をかき乱して行けば良いのよ。そうすればうちは今よりももっと強くなるわ。というか、その方が私が見ていて面白いし」
怖い先輩は、スピード狂いの事は勿論、思っているより私の事も見ていてくれたようだ。
そんな怖い先輩なりのエールに対して私は少し意地悪をしてみたくなった。
「それは、データに基づいた判断ですか?」
「・・・・・女の勘」
怖い先輩はそう言って微笑んだ。
私には先輩がいる。
学生なのだから当たり前ではある。たくさんの先輩がいる。
その中でも特に関わりの深い先輩が二人いる。
一人はズルい先輩で、もう一人は・・・いや、もう一人も。二人ともズルい先輩だ。